大判例

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大阪地方裁判所堺支部 昭和44年(ヨ)122号 判決

申請人

坂田一彦

代理人

荒木宏

外四名

被申請人

セントラル硝子株式会社

代理人

益本安造

外一名

主文

本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一申請人主張の一及び二の事実(編注・当事者及び昭和四四年五月二六日附松坂工場へ同年六月二日までに着任すべき旨の配転命令の存在)は当事者間に争いがない。

二そこで、申請人の主張する本件配転命令の無効理由について順次検討する。

1  労働組合法七条一号違反および憲法一四条、労働基準法三条違反の主張について

(一)  申請人が四一年九月の組合役員選挙において小選挙区評議員に立候補当選したこと、四二年八月の選挙にも小選挙区評議員に立候補したが次点落選したことは当事者間に争いがない。〈証拠〉によると、申請人は、(イ)四一年一月一八日頃日本共産党に入党したこと、(ロ)会社の寮などで日本共産党中央機関紙「赤旗」の読者拡大活動をしたこと、(ハ)日本共産党系の日本労働者教育協会発行「学習の友」をテキストにして、会社の高石寮で行われた学習会に参加し、また会社の我島寮、浜寺寮にも同様の学習会を新たに組織、指導し、これらの学習会において、日本共産党の方針に従い、組合の社会党一党支持を批判し、会社の合理化政策、労働強化に反対し、その他政治、組合に関する諸問題について検討し、組合員の意識を高め、内部から組合の体質改善を図つてきたこと、(ニ)四〇年から四二年にかけて、他の組合員らとともに、手袋の完全支給の要求や職場に集塵機、冷暖房設備、窓などを取付ける要求をし、安全会議などにおいてその旨の提案や発言をしたこと、(ホ)四二年七月及び四三年七月の組合役員選挙において、前記学習会グループの立候補者に対する応援をしたこと、(ヘ)四二年および四三年に行なわれた日本共産党の党員拡大月間に呼応して、会社の寮などで党員拡大活動運動をしたこと、(ト)四二年以降に行なわれた公職選挙において、共産党候補者の応援活動を職場などで行なつたことが認められる。

次に、〈証拠〉によれば、申請人は、(イ)四一年小選挙区評議員に立候補した際、職制より「お前は過激だからもつと民主的にやれ」といわれたこと、(ロ)四二年同じく小選挙区評議員に立候補した際、職場で職制から、「彼は赤だ、民青だから落とせ」と宣伝されたこと、(ハ)四四年頃申請人の職場主任中村から「自分の行く現場にはいつもおかしなのがいる。お前は共産党員の久保の子分か」といわれたこと、(ニ)申請人が組合役員を勤めていた頃、班長庄賀より「お前は共産党員だ」とか「組合の路線に従つた活動をするよう」いわれたこと、などの事実が認められる。

これらの事実よりすれば、申請人は現場の職制から共産党員もしくはその同調者とみられ、その組合活動もしくは政治活動を厄介視されていたことが窺われ、職制の申請人に対する右のような評価、認識が本件配転の決定に影響を与えなかつたとは考えられない。

しかし他方、前記争いのない事実、〈証拠〉よりすれば、申請人は四二年の小選挙区評議員選挙には落選し、それ以前四一年度議員在任中も、会議の席上において積極的な意見を述べることも稀であり、前記の集塵機、暖房機、窓等の取付け要求などの日常活動においても特に主導的な役割を果したわけでもないことが認められ、これらの事実よりすれば、申請人は目立つた組合活動家あるいは党活動家ではなかつたと解するのが相当である〈証拠判断省略〉。

従つて申請人は、会社より厄介視されてはいたが、会社をして、申請人をその平素の活動の故に、他に配置転換することを意図せしめるほどの存在ではなかつたと認めるのが相当である。

(二)  そこで、被申請人の主張する本件配転命令の必要性について検討する〈証拠〉によると、次のような事実が認められる。

(1) 会社は、三八年に松阪工場を新設し、デユープレックス法による磨板硝子の製造を始めたのであるが約十年程前イギリスのビルキントン社でフロートプロセスという画期的な磨板硝子の製法が開発され、日本においても旭硝子及び日本板硝子の大手二社が約三年程前からこれを導入して磨板硝子の製造を始めるに至つた。このフロートプロセスによる磨板硝子の製品原価は右デユープレックス法によるものに比し相当安いため、会社のデユープレックス法による磨板硝子は右二社に太刀打ちできないばかりか、このままでは硝子企業として存続することすら危ぶまれる事態になつた。そこで、労働組合からもフロートプロセス導入の要請があつたりして、会社は急きよこれを導入することになり、四二年二月に右ビルキントン社との間でフロートプロセスの導入契約に成功したので、直ちに松阪において、この工場の建設にとりかかり、四四年四月にこれが完成をみた。

(2) ところで、右松阪のフロート工場稼働に伴う要員については、先ず松阪工場自体において機械化、機構の統廃合その他の合理化を進めて人員をねん出したが、なお九五名程不足した。そこで、右フロート工場操業には相当の経験を有する者を必要とする関係上また会社の合理化をはかる関係上新規採用はできるだけ避け、不足要員の約半数は堺工場から配転した熟練者をもつてこれに充てることとし、四三年一一月頃から右配転について組合と協議を重ねた。その結果、堺工場において機械化、機構の統廃合、作業の簡素化を進めて六七名の人員を削減したうえ、そのうちから熔解関係九名、製板関係四名、工作関係三名、採断関係三二名の計四八名を松阪工場へ配転することで話合がつき、四三年一二月二三日会社と組合との間で左記協定とともに前掲被申請人の主張二に記載のとおりの協定が成立した。

一、労働強化ならびに労働条件の切下げは一切行なわない。

二、不当な配置転換は行なわない。

三、配置転換は適材適所主義により行なうが、組合の意向を尊重し適正に実施する。

四、昇給・賞与の査定にあつては配置転換後一ケ年の間は従来の成績を下廻らせない。

五、配置転換を受けたものに対しては充分な技術教育を行なう。技術教育は原則として就業時間内に行なうが、時間外におよんだ時は時間外手当を支払う。

六、転勤についての本人に対する内示はできるだけ早くする。

(3) そこで会社は、先ず被申請人の主張三1の(一)及び(二)記載のとおりの一般的配転基準ならびに職種別配転基準を定めたうえ(なお、組合においてもその配転基準を了解した)、その基準に基づいて四七名の配転者を選び、次いで右協定及び就業規則三三条(「業務の都合により、職場の移動、転勤又は他社に出向させることがある。前項の場合従業員は、正当な理由なくしてこれを拒むことはできない。」)に基づき松阪工場建設の進捗状況に応じ次の日時にそれぞれ配転を発令した。申請人はその最後の採断関係二七名のうちに含まれていた。

四四年一月 五日 熔解 三名

同 年二月一〇日 工作 一名

同 年三月一〇日 工作 二名

熔解 六名

製板 四名

採断 四名

同 年五月二六日 採断 二七名

(4) なお、採断課においても右に述べた配転基準に基づいて三二名が選出されたのであるが、申請人の所属する型板採断係についてはABCDの各組から一名づつ選出され、申請人はC組から選出された。

申請人の属していたC組の班員は一〇名で、申請人を除く九名のうち妻帯者三名、眼が悪いなどの身体的難点のある者二名、経験年数不足者二名、次期班長代理候補者一名、営業関係経験者一名であつたので、結局勤続五年以上の経験を有し、高校卒業で当時独身であつた申請人がC組での配転適任者として選ばれた。

以上の事実を認めることができる。

以上(一)、(二)の事実を併わせ考えると、申請人の政治活動、組合活動が、本件配転命令の決定的原因であつたと認めることはできず、本件配転命令の決定的原因は、申請人の組合、政治活動とは直接関係のない会社側の前記のような業務上の必要性に基因するものと解する。従つて本件配転命令が労働組合法七条一号、ならびに憲法一四条、労働基準法三条に違反するとする申請人の主張は採用できない。

2 労働協約違反の主張について

配転に関して会社と組合との間に、(イ)三八年一〇月一日に「転勤を命ずるときは充分本人の意向を尊重する。尚内示後必要な考慮期間を与える。」旨の協定が、(ロ)四一年五月三〇日に「不当な配置転換は行わない。」旨の協定(なお、この協定は四三年にも確認された。)がそれぞれ成立したことについては当事者間に争いがない。

そこで先ず、右(イ)の協定違反の主張につき検討する。〈証拠〉によれば、右(イ)の協定は三八年に新設された松阪工場の稼動に伴う転勤に関して結ばれたものであると認められる。

すなわち、三八年に新設された松阪工場の稼動に伴い、堺工場から相当数の従業員が松阪工場へ転勤することとなり、従業員の間に松阪工場の業務内容あるいは転勤者の処遇等につきかなりの不安動揺が生じたので、組合は右転勤について会社と交渉し、その結果成立した協定条項の一つが右(イ)の協定であるということができる。

従つて、右(イ)の協定は配転、転勤に関する一般的な協定ではなく、三八年の松阪工場配転に限つての協定であると認められ、しかも本件配転に関してはさきに認定したように、四三年一二月二三日に新たな協定が成立しているから、本件配転には右(イ)の協定の適用はないというべく、また新協定が成立している以上右(イ)の協定の余後効が問題となる余地もない。従つて、この点に関する申請人の主張は理由がない。

次に、右(ロ)の協定違反の主張につき検討するに、申請人が現在、大阪地方裁判所堺支部に係属中の日本共産党泉州地区委員会を申請人、会社を被申請人とする四三年(ヨ)三七〇号政治活動妨害禁止仮処分事件に補助参加の申立をしたことは当事者間に争いがない。

また〈証拠〉によれば、申請人は本件配転命令を受けた当時、堺市内の職場で働いている女性と四四年一〇月に共働きのまま結婚することが決つていた事実(同年一〇月二七日に右女性と結婚した)が認められる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、申請人の右補助参加の申立は本件配転命令後になされたものであるし、右政治活動妨害禁止仮処分事件の訴訟追行上、申請人が特に重要な役割を果していると認めるに足る疎明もないから、本件配転が前述のように業務上の必要に出たものである限り、右訴訟活動に多少の不便をきたしてもやむを得ないというべきである。

また、本件配転命令当時、会社が申請人の右結婚予定を知つていたかどうか証拠上必ずしも明らかではないが、本件配転が申請人の私生活上相当の苦痛や不便を強いるものであることは争えない。しかしながらこのような私生活上の苦痛や不便は配転に伴つて大なり小なり誰にでも生ずるものであり、しかも〈証拠〉によると、申請人が結婚した場合の社宅の提供とか共働きする場合の配偶者の就職先の斡旋等につき会社の協力が充分期待できるという事情も認められるから、本件配転が前述のように業務上の必要に出たものである限り、申請人の私生活上この程度の苦痛や不便が生じてもやむを得ないというべきである。

右の事情及び申請人の主張する前掲の諸事情を総合判断するも、本件配転が右の協定に違反する不当配転とは認められないから、この点に関する申請人の主張も理由がない。

3 業務命令濫用の主張について

さきに認定したように、本件配転命令は会社の正当な業務上の必要に基づいて、労働協約及び就業規則の定めに従つてなされた正当な業務命令の行使であると認められ、本件配転命令を業務命令の濫用と認めるべき格別の事由も見当らないから、この点に関する申請人の主張も理由がない。

三以上のとおり、本件配転命令が無効である旨の申請人の主張は採用できないから、その無効を前提とする申請人の本件仮処分申請は被保全権利について疎明がないことになり、保証によつて疎明に代えることは相当でないから、本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。(前田覚郎 高橋水枝 橋本勝利)

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